3. きみの心に映るもの
氷高颯矢
巽は眠ってしまっていた。穏やかな空気、それがとても心地よい。
「巽ちゃん!」
声が、した。
「…榮、くん?」
「よかった…無事だったんだ」
安堵の表情を浮かべる榮を不思議そうに巽は見た。
「巽…」
「碧泉…」
自らに仕える式鬼も控えていた。どうやら何か事件に巻込まれていたらしい事は判った。
「心配したよ、巽」
「輝さん…」
巽が嬉しそうに目を細める。その表情はとても穏やかで、榮はそれを複雑な気持ちで見ていた。輝は巽にとって、もう一人の父親的役割を果たす人物なのだ。巽に父親を盗られるという気持ちより、むしろ巽を輝に盗られるという気持ちの方が強く働く。輝は榮にとって、父親と言うより、越えねばならない壁、もしくはライバルといった存在に近かった。
「巽は何か幻を見なかったのか?」
「…幻?」
「見てないなら良い…」
輝は安心したように微笑む。
「でもね…夢を見たの。ずっと昔の…私が家出をした時の夢」
それは巽が碧泉の主になったばかりの時の話――
『巽、待ちなさい!』
『碧泉なんか…キライ!巽の家族は父さまだけ…!』
毎日続く修行に巽は反発した。碧泉のそれは幼い巽には厳しすぎた。今ならその厳しさも巽の為にやっている事だと理解できるが、当時の巽にはそれが解るはずがなかった。飛び出した巽を碧泉は追いかけなかった。どこにいるか場所は霊力を元に割り出せる。危険が迫ってもすぐに察知できるという式鬼としての能力を過信していた。その時の巽に必要なものは、優秀な式鬼としての碧泉ではなく、身近な人の愛情だった。
『…どうして父さまは巽を置いて居なくなっちゃったの…?』
寂しくて、でも碧泉は、それを解ってくれるような相手ではなかった。巽は自分が独りなんだと、そう思った。
『――巽ちゃん!』
巽を追いかけてきたのは1つ違いの一族の少年だった。
『迎えに来たんだ。俺も一緒に修行付き合う!一緒なら頑張れるだろ?巽ちゃんは俺より年下だけど、式鬼使いなんだからさ。自信持ってよ!碧泉より、主の巽ちゃんの方が偉いんだからさ!』
『榮くん…』
『俺のウチにおいでよ。これからは俺が一緒にいるから。だから…一緒に帰ろう?』
榮は手を差し出す。巽は少し恥ずかしそうにその手を取った。
『…うん!』
「巽ちゃんが家出なんて…意外…」
驚く榮を見て、巽は微笑む。
(覚えてなくても良い…どんな時だって私は一人じゃない。榮くんがいてくれるから、私、寂しくなんかないんだよ?)
「榮くんが迎えに来るって、私、知ってたのかも…」
「えっ?」
榮は真っ赤になった。その様子を見て輝はニヤニヤと笑っていた。後でからかうつもりなのは明白だ。そして、普段ならすぐに不機嫌になって榮に辛く当たる碧泉が、今回ばかりは穏やかに見守っていた。
こうして巽を含めた行方不明者は無事発見され、(何故無事なのかというと、例の妖怪は攫った人間達から毎日少しづつ生気を吸い取り、すぐに死に至らないように工夫していたらしい)おのおのが自分達の場所へと帰っていった。修学旅行の途中だった巽は学校の用意した宿舎に同じ班(多少メンバーは入れ替わっていたが)のメンバーと戻った。
榮は京都に一泊した後、仕事の依頼があったという鎌倉の実家から電話で、すぐに帰る事になった。輝は暫く写真を撮って帰るというので、榮は一人で帰る事にした。ろくに観光ができないのはいつもの事。巽の笑顔が見れただけで満足じゃないか…と、榮は思った。
久し振りの「BLUE BLOOD」です!ちょっとづつ細切れで書いてきたので、
何となく内容が繋がっていないように思えるのですが、気にせず行こう!
書き直しするせいで昔のエピソードから順に消化していこうと、こういう話を
書き出しました。前のシリーズでは巽と榮には根本的には恋愛抜きの関係で、
誰がヒロインやねん!…みたいな話だったので、今回のシリーズは二人を
くっつけてやろうと画策しています。その伏線ですね、これは。
輝さんが登場!
この人は榮に面倒な問題を押し付けにして逃げた極悪人です!
彼には彼の考えがあっての事だったのですが、榮はこの人のせいで苦労しています。でも、割と思い入れのあるキャラです。皆人さんがらみの親世代の話も
書きたいけど、余裕…ないからね(汗)